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白い墓守~幽霊茸~

  • 執筆者の写真: 水月 雪兎(Mizuki Yukito)
    水月 雪兎(Mizuki Yukito)
  • 2020年12月3日
  • 読了時間: 6分

ヨーロッパ北部の小さな町にとある噂が立ったのは今から丁度100年前のことである。

町はずれにあった訪れる人もいない冬の墓地に夜な夜な白い服を着た少女が現れるのだという。

ランタンと花輪を手に墓地を徘徊し一つの墓の前で立ち止まる。


大抵は夜の10時頃に現れ気が付けば居なくなっているらしい。

墓には花輪が捧げられている。

小さな町ではあるが第一次世界大戦後の復興から急激な近代化を遂げたこのご時世に少女はどこから来るのか?なぜ古めかしい服装をしているのか?そもそも生きているのか?はたまた幽霊なのか?町ではちょっとした話題となっていた。


少女はこの町の住民ではないということ、少女が訪れる墓には「エリーザベト・ケーグル」と書かれていること以外手掛かりはなかった。

隣町の新聞記者ヒルトマンはたまたま旅行でこの町を訪れていた。彼は酒場で噂を聞き大いに興味を惹かれた。

「ではひとつ、私がその少女の謎を解いてみようじゃないか」


その夜は特に冷え込んでいた。エリーザベト・ケーグルの墓は大きな楡木の下にありヒルトマンはその陰で少女を待った。吐く息が白い。


22時を回るころ、住民の言う通り白い服の少女が現れた。確かに半世紀前の服装で、信じられないことに素足で雪の上を歩いていた。


「こんばんはお嬢さん、足、冷たくないの?」

ヒルトマンの声に驚いた少女は花輪とランタンを落としてしまった。

「驚かせて済まない。僕は隣町の新聞記者でね。町のみんなが君の素性を知りたいと思ってる。君はどうして夜に墓参りにくるの?この墓は誰の墓なの?」

ヒルトマンはランタンと花輪を拾って少女に手渡しながら言った。


「私は遠いところに住んでいるからここに来るまでに夜になるの」

「君の名前は?どこからきたの?」

「私の名前はエレオノーラ・ケーグル。あの山の向こうから来たの」

ヒルトマンは第一次世界大戦で襲撃に遭い消滅した村を思い出した。

(あの村には人は住んでいなかったはずだが・・・。)

「これは妹のお墓なの。私と妹は双子でいつも一緒だった。なのに戦争で襲撃を受けて妹は死んでしまった。村の人たちもみんな絶望し出て行った。だからもう村には私しかいない・・・」

「あの村に生き残りがいたなんて知らなかった」

「家の地下室に閉じ込められて助かったの。私は地下にある祭壇で祈りを捧げていて、妹は母の用事で使いに出ていたから・・・」

ヒルトマンはにわかに信じがたかった。少女が廃墟の集落に一人で暮らす?

そんなことがあり得るだろうか?

エレオノーラは妹の墓に花輪をささげ、しばらく会話をしていた。まるで妹がそこに居るかのように表情豊かに。

やがてエレオノーラは十字架によりかかり目を閉じた。

まるで眠っているようだった。

「お嬢さん風邪をひくよ。それどころかこんなに冷え込んだ夜だもの死んでしまう。呼んであった馬車がもうすぐ来るから家まで送ってあげよう」

ヒルトマンはエレオノーラを乗せて出発した。村までは悪路の1本道である。

エレオノーラは眠っているようだった。

(こんな悪路を少女が徒歩で行き来なんてできるはずが・・・)

エレオノーラの髪に積もった雪が雫となり宝石のように光っていた。

馬車は更に山奥へと進み夜が明けるころに着いた。

ヒルトマンは馬車から降り立ち瓦礫に雪が積もった殺伐とした風景を眺めた。

(家などないではないか)

ヒルトマンは馬車にいるエレオノーラを起こそうとした。

窓から朝日が入り込みエレオノーラを照らした途端、彼女はまるで砂の城が崩れるようにさらさらと崩れて消えてしまったのだ。

ヒルトマンと馭者は顔を見合わせた。


町に戻ったヒルトマンは酒場へ向かった。

「お、新聞記者さん、どうだった?」

町の人々がビールを片手に集まってきた。

「あれはおそらく幽霊だと思う。触ったわけれはないが消えてしまったから・・・やけにはっきりとした幽霊だったが・・」

町の人々は「やっぱりか」「実在してほしかった」と口々に感想をのべた。


エレオノーラの幽霊はそのあとも毎日墓地に現れ、人々は「白い墓守」と呼んだ。


春になりヒルトマンはエレオノーラの消えた村へ行った。

第一次世界大戦で村が壊滅してから10年が経っているがそれでも瓦礫の中の看板や残骸からパン屋だの鍛冶屋だの教会だのがわかる。小さいがすべてが揃ったよい村であっただろう。

ヒルトマンはエレオノーラの家を探した。といっても手掛かりがあったわけではない。彼は一軒一軒瓦礫を払い地下室を探した。多分どこかの地下室にエレオノーラがいるはずである。

ヒルトマンは広場の跡地で野営してエレオノーラが見つかるまで居座るつもりだった。


初日の晩ヒルトマンは夢をみた。

壊滅する前の在りし日の村の街並み。

広場では祭りがおこなわれていて楽しそうに楽器を演奏する者、美しい刺繍の施された衣装に身を包み踊る村人。

その中にひときわ目をひく双子の少女がいた。ヒルトマンにはそれがエレオノーラと妹のエリーザベトだとすぐにわかった。

村人たちは輪になり手拍子で姉妹の踊りを見ていた。

姉妹は本当に美しかった。


ヒルトマンが夢から覚めたのは明け方だった。

涙が頬を伝った。

この村は国境に近かったために滅ぼされ、そして忘れ去られてしまったのだ。この地に人々のささやかな暮らしがあった痕跡はどこにもない。どうして滅ぼされねばならなかったのか。


「僕は新聞記者だ!」

ヒルトマンは叫んだ。

(絶対にエレオノーラを見つけ出し記事にして全世界に知らしめるのだ)


エレオノーラの遺体が見つかったのはそれから1週間後のことだった。

地下室へと続く階段が瓦礫に覆われて進むことができなかったがヒルトマンはここにエレオノーラがいると確信していた。

一つ一つ瓦礫をよけやっとたどり着いた地下室には祭壇があり、エレオノーラは祭壇にもたれかかるように倒れていた。

生きているかのような美しい死体だった。

この村が高地にあり、また瓦礫が空気の出入りを遮断していたためだろう。


ヒルトマンはエリーザベトの隣に埋葬した。

その日を境に「白い墓守」は姿を現さなくなった。代わりにエレオノーラの墓に見たこともない花が咲くようになった。植物ともきのこともつかないその花は専門家によれば「幽霊茸」という植物でエレオノーラの出身地にある花らしいことがわかった。

真っ白で華奢なその姿はエレオノーラのようだった。

ヒルトマンはエレオノーラの村と歴史を調べ上げ、彼女との奇妙な体験を新聞に連載した。人々は新聞社に寄付を送りその村には石碑が建てられた。

ヒルトマンの調査によると、村人はすべてこの墓地に埋葬されたらしい。村に一人取り残されたエレオノーラは孤独に耐え兼ね毎晩墓地を徘徊していたのだろう。


・・・・100年後の現在その墓地は公園になっているが大きな楡木は健在であり、今でもその木下には幽霊茸が咲くのだという。

当時の関係者は既に他界しているが、その子供や孫たちが訪れることもあるそうである。

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